すごい好きだった宇多田ヒカル似の先輩の話

何年も前、すごい好きだった大学の先輩の話を書きます。

いつもサバサバしていて、男前なキャラの先輩だった。
同姓異性、年上年下関わらず友人が多く、ノリの良い性格なんだけど、
かといって中心人物になりたがるような出しゃばりでもなかった。
ぶっきらぼうでガサツな感じすらするのに、いつも飲み会では最後は店員さんと一緒に片付けしたりとかそんな人。

見た目はまんま宇多田ヒカル。髪はセミロング。
喋り方とか声も似てるから、本当にそっくりさんとかでTV出れるレベルだと思う。
歌は下手だけど。
でもそれを自分からネタにして笑いにしたりとか、そういう器量が大きいところも好きだった。
体型も似てて、あんまり身体の線が出やすい服装って見たことないんだけど、
全体的にぽちゃ気味で、明らかに胸も大きいのは明らかだった。
そういえば先輩がスカートを履いてるのを見たことがない。
いつもジーンズにTシャツの、ラフなカジュアルって感じ。

そんなヒカル先輩とは、大学入学時から知り合いだった。
入学直後のキャンパスのサークルの勧誘で、声をかけてきたのがヒカル先輩だった。
サークルなんて別にどこでも良かったし、一目惚れしたわけでもなかったけど、第一印象から
こんな人なら誰とでもすぐ仲良くなれるんだろうな、と思わせるような人だった。
内向的な自分とは正反対で、羨ましくもあり、正直妬ましくもあった。
ちなみに軽音楽部。
もちろん先輩はVoじゃない。キーボード。
たまにネタというか余興でやることもある。
見た目や声、喋り方まで宇多田ヒカルにそっくりだから、すごい下手で
当然ウケるんだけど、でも誰も馬鹿にして笑うって感じじゃなくて、
やっぱり先輩は皆に愛されてるな~って実感できるような雰囲気だった。

好きになったきっかけや時期は覚えていない。
わりと早かったと思う。2~3ヶ月くらい。
いつの間にか、自然に大好きになっていた。
人間的にも、女性としても。
その頃には結構喋れるくらい仲良くなってて、といっても先輩は誰とでも仲良いんだけど、
一緒のバンド組んで、帰りに二人でラーメン食べたりとかそんなくらいの距離感にはなれてた。
後輩だけど一応面子もあるから、俺が奢るってしつこく食い下がっても、一度も奢らせてもらえなかった。
いつも「まぁ気にすんなよ少年。」って男前な笑顔で、はぐらかされるだけ。
そんな先輩は、まぁ実際モテてて、他大学と合同ライブとかよくやってて交流があるんだけど、
それの打ち上げとかでもイケメンバンドマンに口説かれてる姿なんてよく見かけてた。
過去の男関係は知らないけど、その時は彼氏居ないのは調査済みだったので、
駆け引きとか何にも無しで、いきなり直球で告った。
今思うと、流石に無謀な告白の仕方だったと反省している。
たしか、入学半年後くらい。

当然振られた。
俺が駄目とかじゃなくて、彼氏が欲しいとかそういう気分じゃないって事らしかった。
両手を合わせて「ごめんね?」と何度も謝ってくる先輩に申し訳ないとすら思ったし、
逆にその姿を見て余計好きになったりもした。
「彼氏作る気無いんですか?」
「うーん。まぁそうだね。そんな感じじゃないんだよねー。」
「好きな男とかは?」
「え?あはは、まいったね。何か照れくさいね。うん。いないよ。」
「じゃあ俺先輩のことしばらく頑張っていいですか?諦めれそうにないです。やっぱり迷惑ですか?」
「え?あ、そ、そうなの?……なんかキミ直球だね。」
そう言いながら狼狽える先輩の笑顔は、どことなくくすぐったそうというか
面はゆい感じが見て取れた。
先輩は照れ笑いを浮かべながら、困ったように視線を宙に向け、頭をポリポリ掻きながら
「えー、あー、うーん。」と何か思い悩んでいたようだった。

「別に○○君がそれでいいならそれでもいいけど……でも他に探したほうが……。」
「俺先輩以外とか、今はとても考えられません。」
先輩は俺みたいな愚直な告白に免疫が無かったらしく、照れ笑いを浮かべながら
「やー、あー、う、うん。あ、ありがと。嬉しいよ。てかこういうの照れるね。たはは。」と
赤く染まった頬を両手で抑えながらそう言った。
俺は振られたショックよりも、真っ向から気持ちを伝えられた充実感と、満更でもなさそうな
先輩の反応を見て、少しでも先輩に近づけたんだと期待で胸を膨らませていた。

それから俺と先輩の、後輩以上恋人未満の付き合いが始まった。
といっても、しばらくは特に以前と何も変わらなかった。
一緒のバンドで、一緒に練習して、一緒にライブして、一緒に打ち上げしてって感じ。
当然他のバンドメンバーもいるし、サークルの仲間もいる。
お互いバイトもあれば、講義だってある。
二人きりで遊びに行ったりは、物理的に不可能な日々が続いてた。
それでも毎日メールを交換したりしていて、少しづつではあるけど、
日に日に先輩との距離は縮まっていくのが確かに実感出来た。
キーボードをやっているのは、昔ピアノを習っていたから。
牛乳を飲んで、口元の産毛が白くなる人が嫌だということ。
父親がゴルゴ13が好きで、家に全巻あって読破していること。
少しづつ先輩は、そんな自分のことを教えてきてくれたりした。

そんなある日。ライブなどのイベントが一斉に片付いて漸く落ち着いてきたころ、
先輩から「もし良かった買い物に付き合って欲しいな。」と連絡。
当然即答でOK。
まさに舞い上がるとはこの事だと言わんばかりに、携帯片手に飛び上がってはしゃいだのを覚えてる。
どうしても高ぶる気持ちが抑えきれなくて、そのまま外を走りにいったりもした。
当日、ばっちりお洒落を決め込んだ俺とは対照的に、先輩はいつもと似たような服装ではあったけど、
少しだけいつもより化粧が濃かった。
デートは勿論楽しくて、ただまぁ正直にいうと緊張しすぎてて普段通り振舞えなかったけど。
それでも先輩は、ずっと楽しそうにニコニコしててくれてた。

商店街を散策中、先輩がふと可愛いと目をつけたヘアピンをプレゼントした。
数百円だったから、重荷にはならないだろうと思ったけど、先輩はそれでも
受け取ることに難色を示してきた。
なんとか強引に渡すと、先輩はいつも通り、照れくさそうに頭を掻いて笑いながら
「ありがとう。」と受け取ってくれた。
その後悪いから、と先輩からも、先輩が選んだギターのピックをプレゼントしてくれた。
デートが終わった後メールで「今日はいつもより綺麗でした。」と送ると、「どーせいつもは綺麗じゃないですよ。」と
なんだかお決まりのやり取りをしつつ、「いつもより化粧気合入ってました?」と尋ねると
「まぁ一応デートだしね。」と答えてくれた。
「いつもの先輩も好きだけど、すごい綺麗で惚れ直しました。」
「うあ。そういうの止めて。本当恥ずかしくて死にそう。」
その晩は、ずっとピックを手の中で転がしながら、ニヤニヤと眺めていた。

その翌日、先輩の友達から「ねえねえ○○君。昨日ヒカルのワンピースどうだった?可愛かったでしょ?」
と聞かれ、何のことかわからず問い返してみたら
「え?ヒカル買ってたよ。デート用にって。あたし付き合わされたんだもん。」とのこと。
「いつもと同じ服でしたよ。」
「ああじゃあ恥ずかしかったんじゃない?そんなの殆ど着たことないみたいだし。『こんなスースーしたもん着れるかぁ!』
って顔真っ赤で言ってて超ウケたし。」
「え?でも買ったんですよね?」
「○○君とのデート用にね。でも『いきなりこんなの着てったら引かれない?気合入りすぎと思われない?』って
何回もしつこく聞かれたから、多分そういう事なんじゃないかなぁ?」
俺は有頂天になって、ニヤニヤを隠し切れずにいると、先輩の友人は、
「あいつ○○君みたいに熱い告白されたことないから戸惑ってるみたいよ?」と肘で突付きながら教えてくれた。

俺は急いで、次のデートの約束を申し入れた。
「次休みの予定が合う日があったら、遊びに行きませんか?」とメール。
「ていうか今から休み合わせようよ。どこ行くどこ行く?」と先輩。
もうすっかり秋も深まった季節だったけど、頭の中は桜が満開だった。
そんな時だった。
大学で、俺の友人Aが話しかけてきた。
「お前最近ヒカル先輩と仲良いのな。」
「ま、まぁな。バンド一緒だし。」と誤魔化す。
俺が先輩を好きなのを知ってるのは、先輩と先輩の友人だけだった。
俺の態度から勘付いてる人もいただろうけど、公言していたわけではなかった。
Aは「付き合ってんの?」と聞かれ、俺は慌てて「いやいや。」と首を振った。
Aは安心したように笑い、「なんだ、じゃあもうヤッた?」と聞いてきた、

Aは元々ちゃらい奴で、悪い奴ではないけど、見た目もイケメンだけど軽そう。
というか実際軽く、女関係の噂も絶えない奴だった。
だからいつもの軽口だと思い、「なんでだよ!」っと冗談めかして突っ込みをいれた。
でもAはきょとんとした顔で、「そうなん?(友人)Bももうやってんのに。お前もお願いしてみれば?」
俺は何のことかわからず、というかわかってたけどわかりたくなくて、頭の中が
トマトが潰れるみたいにグチャってなった感覚があった。
俺が呆然としてると、Aは「お前一番仲良いんだから余裕だって。いっとけいっとけ。」と笑いながら言った。
「え?いや、でも先輩。え?」と思考が停止したままの俺に対してAは俺の肩にポンと手を置き
「騎乗位で腰振らせてみ。グラインドすげーぜ。フェラも激ウマだし。」と
なんのてらいもなく、無邪気そうにそう言った。

「……え?なに?お前らってそういう……関係?」と漸く声を振り絞った俺に対し、
「いや。別に。ヤリ友ってだけだし。」と億劫そうに煙草を吹かしはじめた。
煙草をひとしきり吸うと、Aはニカっと笑い、「今度Bと3人でやるつもりだけどお前も来る?」と提案してきた。
俺は吐き気や悪寒に襲われてたけど、きっと何かの間違いだと思い、
「あ、いや。今日バイトだから……」とその場を退散した。
その際Aは、「おい大丈夫か?」と心底心配そうにしばらく一緒に歩いてきた。
俺はそれを「大丈夫。大丈夫だから。」と繰り返して追っ払った。
その後、気がついたら家で突っ伏して寝ていた。
本当に、道中の記憶はあんまり無い。
バイトがあったが、無断欠勤した。
動けなかったから。

気づくとメールが3通。
一つはAからで、「さっきの話はここだけって事でよろしく。□□先輩とか△△先輩とかヒカルちゃんにガチじゃん?」
もう一つはヒカル先輩からで、「ちょっと調べてみたんだけど、○○ってカフェが良いらしいよ?明日のお昼って予定ある?
どうかな?お姉さん奢っちゃうよ。」
最後は先輩の友人で、「次のデートは気合入れてワンピ着てくらしいよ。ちゃんと褒めてあげなよ。」
もう何がなんだかわからず、とにかくヒカル先輩にだけ、「わかりました。勿論OKです。」と返信をした。
一睡も出来なかった。
最初のデートの時もそうだったけど、理由は間逆だった。
何も考えれず、ただ枕に顔を押し当てて、朝を待った。
その間、ヒカル先輩から「明日楽しみだね。あと明日新しい服着てくから、絶対笑わないでね。」とメールがきた。
一言「はい。」とだけ返信した。
日が昇ると、やはり何も考えれず、それでものそのそと準備をして、待ち合わせ場所に向かった。

先輩のワンピースは、反則的なまでに可愛かった。
先輩は照れくさそうに身体をモジモジさせ、ずっと落ち着きなくそわそわしていた。
俺の口からは、自動的に先輩を褒め称える言葉が出た。
先輩をそれを受けて、顔を真っ赤にしていた。
俺の様子は明らかにおかしかったと思うが、俺は普段から表情も少なく、感情も見え辛いキャラらしいので、
最初は先輩も違和感に気づいてなかったんだと思う。
でも途中から、「大丈夫?具合悪いの?」と頻繁に聞かれ、その度に否定していた。
デートを楽しんでないと思われるのが嫌で、必死で作り笑顔を浮かべ続けた。
先輩の楽しそうな笑顔や、心配そうな顔を見るたびに、胸が高鳴り、それと同時に、
Aの言葉を思い出しては締め付けれれるように痛んだ。
この後に及んで何かの間違いだと思いたかった。

デートは日が暮れると同時に終わった。
別れ際、先輩は俺を呼び止め、「前に○○君があたしに言ってくれた事ってまだ有効?」と尋ねてきた。
一瞬何のことかわからずに立ち尽くしていると、「だから……その、告白してくれたじゃん?」
とはにかみながら、上目遣いで眺めてきた。
Aの言葉が頭をよぎったが、それでも俺の首は自動的に縦に動いていた。
実際好きだったし、好きでいたかったから。
先輩は安心したように、ぱぁっと笑顔を咲かせて、「そっか。」と言うと、
踵を返して足早に地下鉄構内へ去っていった。
それでも何度もこっちを振り返っては、ぶんぶんと手を振ってくれた。
その数十分後、「ちゃんと○○君の気持ちに応えられるよう、毎日一生懸命色々と考えてます。
もうちょっとだけ時間を下さい。○○君との事、真剣に考えてます。」とメールが来た。
この短期間に起きた出来事を、上手く消化できずにいた俺は、ただとぼとぼと家路につくしか出来なかった。



その晩。Aから電話。「今ヒマ?」晩飯の誘いだった。
実際ヒマだったし、この間のことを、いつかはきちんと聞かなきゃと思っていたから誘いに乗った。
呼び出されたファミレスにはAが一人でいた。
いつも軽薄そうにヘラヘラしてるAは、珍しく何やら難しそうな顔をしていた。
席につき、微妙な空気な中食事もそこそこ進むと、Aから核心を切り出してきた。
「なぁ?お前ヒカルちゃんと付き合ってんの?」
俺は無言で首を横に振った。
「ふぅん。じゃあもしかして好きなん?」
一呼吸置いて、黙ったまま頷いた。
Aは、それを見届けると額に手をあて、「マジかー。」とうな垂れた。
顔を上げると、「悪かった。マジで。」と、罰が悪そうに謝ってきた。
俺はそれを聞いて、間違いじゃなかったんだと悟り、何か自分の中で糸が切れてしまい、涙を零してしまった。

あんまり俺が泣きじゃくるから、Aは俺を外の公園に連れ出した。
この話には関係ないが、ファミレスには知り合いがバイトしてて、俺とAがゲイカップルという噂も広まったらしい。
勿論半分冗談だったんだろうが。
とにかくベンチでうなだれて座っている俺に、Aは缶コーヒーを買ってきてくれた。
しばらく俺達は無言のままだった。
俺はなんとか声を振り絞って、「いつから?」とだけ呟いた。
Aは頭をガシガシ掻き毟ると、「……結構前から。」と申し訳なさそうにいった。
「なんで?」
「酒飲んでて……それで。」
また長い沈黙。
俺はただでさえ屈んで座っていたのに、自分の膝に顔を埋めるように、ベンチの上で体育座りをした。

Aが口を開いた。
「最初はさ、○○先輩っているだろ?4年の。もう引退してるけど。
俺あの人と仲良いから家で飲んでたんだよ。そしたらヒカルちゃん家に呼んでさ、
最初は普通に飲んでたんだけど、俺いつの間にか寝ちゃっててさ、そんでなんか目覚めるとと、
やってたんだよ。二人。前からセフレだったらしいけど。
そんで俺ビックリしたんだけどさ、なんか○○先輩が一緒にやろうぜ、って。」
Aは淡々と話そうとしてたんだろうが、その声は少し震えていた。
俺は黙って聞いていて、Aは続けた。

「で、俺とヒカルちゃんはそれから。でもさ、あの人結構してるらしいぞ?
うちの学校じゃ○○先輩と俺と、あとBだけだけど、あ、Bもまぁ似たようなきっかけだったんだけど、
他の学校の人とかと、ほらヒカルちゃん人気あるじゃん?そういう人とかと、あとバイト先とかでは結構……らしいぞ。
彼氏はずっといないっぽいけど。」
涙はもう止まっていたけど、俺は信じたくなかった。
「そんな人じゃない!」と鼻水垂らしながら言った。
Aは困ったように、「ああ、まぁ、なんつうか、わからんけどさ。」と言葉を濁すと、
俺の顔を覗き込むように、「実際お前らどうなの?どんな感じなん?」と聞いてきた。
「わからん。でも付き合えると思ってた。」
Aは大きく溜息をつくと、「……別にそこまでお前と仲良くないしさ、どうでもいいっちゃどうでもいいけど、止めといたほうがいいと思うぞ?だって今も○○先輩のとこ行ってるし。ヒカルちゃん。」

それを聞いて、心臓が止まるんじゃないかってくらい動悸が激しくなり、
目を瞑ると、上下の平衡感覚が一切無くなったかのように頭が揺れた。
しばらくベンチで座り続けた。
多分30分くらい。
Aも黙って横に座り続けてた。
やがて口を開くと、「本当はさ、俺も誘われたんだけど、なんか気になったから断った。
でも多分代わりにBが行ってると思うわ。」
Aはずっとしょげたままの俺の肩を叩き、「まぁ女なんて腐るほどいるからさ、そういう事もあるって!」
と慰めてきた。「なんなら紹介してやっからよ。」とも。
我ながら情けないことに、いつまでも女々しい俺は、「ヒカル先輩以外考えられない。」と子供のように駄々をこねた。
Aは何かを言って、立ち去っていった。何を言ったのかは聞き取れなかった。
「まぁがんばれよ。」とかそんなんだったと思う。

それから俺はゾンビのように夜の街を、目的もなくふらふらと彷徨った。
いつの間にか、俺は○○先輩のアパートの前まで来ていた。
何度もチャイムを鳴らすかどうかを迷い、そして思いとどまり、その近所をぶらつくという事を何度も繰り返した。
○○先輩の部屋は丁度一回の角部屋で、でも明かりは着いてないように思えた。
カーテンも閉まっていた。
その時の俺は、もう一般常識における善悪の判別が出来るには、ほど遠い精神状態で、
結果からいうと、生垣を超えて、○○先輩の部屋の裏庭へ侵入して、そこで聞き耳を立ててしまった。
中からは薄っすらと女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
それがヒカル先輩のかどうかはわからなかった。
元の声がわからないくらい、それは高くて、激しくリズムカルだったから。
でもその声の主は、喘ぎ、そして自分がイクことを知らせる合間に、
時折Bの名前を呼んで、何度も何度も自分からBのセックスを褒めるような素の口調が聞こえてきた。
それは、明らかに自分が好きな人のものだった。
ちなみにBはヒップホップ系のデブで、色んな意味でドラゴンアッシュのDJにそっくり。

ずっと聞き耳を立ててた。
逃げたいとか、そんな気持ちすらなくて、ただ立ち尽くすしか出来なかった。
やがて喘ぎ声が聞こえなくなったのだが、それでもベッドが激しく軋む音と、
肉がぱんぱんとぶつかる音は聞こえてきて、やがて「じゅっぷじゅっぷ」と、
まるで飴をいやらしく舐めるような音と、その合間に、息継ぎをするような音も聞こえてきた。
俺のちんこは、いつの間にか完全に萎えていた。
中からは、Bの「やっべ。いきそ。いっていい?」と野太い声と共に、
ベッドが軋む音と、喘ぎ声の激しさが加速していき、そしてその音が一斉に、そして同時に止まった。
その直後、おそらく二人分の荒い息遣いだけが聞こえてきとかと思うと、
聞きなれた○○先輩の「おい早くどけよ。」という声が聞こえてきて、
ぎっぎっとベッドの上で人が移動する音が聞こえてくると、
やはり聞き慣れた好きな人の「えー、ちょっと休憩しよーよ。」という声が聞こえてきた。

その後、ベッドの軋む音と、喘ぎ声が激しく再開した。
喘ぎ声の主は、何度も「すごい」と「いいよ」を交互に連呼していた。
それも、Bの「ちょ、俺のも舐めてよ。」「ああすげ。そうそう。綺麗に。」という声を境に、
くぐくもった喘ぎ声に変わった。
俺は自分がすごい惨めになってきて、その場所を離れた。
泣きじゃくりながらも、ちゃんと歩いて帰った。
こんな時でも、意外としっかり歩けるんだなと、自分で可笑しく思った。
家に帰ると、これも意外なことにすぐに寝れた。
ベッドに倒れこみ、目を瞑ると、気を失うように、気がつくと朝になってた。

不思議なことに気分はわりとスッキリとしていて、とても前向きに考えられた。
どういう結果になろうと、ヒカル先輩と、ちゃんと話をしようと思えた。
大事な話があると伝え、無理矢理時間を作ってもらい、二人きりで会った。
ヒカル先輩は、また見たことのない、可愛らしい女の子っぽい服を着ていた。
ずっと俺をモジモジしながら、何かを期待するような上目遣いで見ていた。
俺は簡潔に、Aから聞いたことを伝えた。
その瞬間、ヒカル先輩は顔を真っ白にして、その場にしゃがみ込んだ。
俺は別に嫌いになったわけでもないし、怒ってるわけでもないと伝えた。
本心だった。
それでもヒカル先輩は完全に泣き崩れ、でもどうしようも無かった俺は、
無言で踵を返して帰宅した。
それから一日後。今度はヒカル先輩から会ってほしいと連絡があった。
先輩の部屋に呼ばれた。
初めてあがる先輩の部屋は、とても簡素で、でも甘い匂いが漂っていたり、
全体的に暖色系の色使いだったり、枕元に一つ小さなヌイグルミがあったりで、
ところどころは、やはり普通の女の子だなと思えるような部屋だった。
先輩は俺にお茶を出すと、開口一番謝罪してきた。
殆ど土下座。
「傷つけるようなことしてごめんなさい。」
俺はどう返したらいいかわからず黙っていた。
しばらく無言が続き、「……軽蔑した?」と先輩。

「別に……そんなんじゃないです。」
また無言。
重い空気がじっと漂ってた。
「なんでですか?」やっと口を開けたと思ったら、抽象的な質問しか出来なかったが、
先輩は罰が悪そうに、消え入りそうな声でそれに答えていった。
「○○先輩とは、その、結構前からで……」
「Bとも?」
「B君は、そうでもない。とにかくごめん。」
「……別に俺彼氏でもなんでもないから、怒る権利とかないです」
先輩は俺の言葉を聞いて、辛そうに顔を歪めて伏せた。
「……いまさら信じてもらおうなんて思えないけど、○○君ときちんと付き合いたいと思ってた。」
先輩は、そのままぽつりぽつりと、ゆっくりと、
まるで先輩じゃないみたいに、弱々しい口調で語り出した

「あのね、あたしね、昔からちゃんと付き合ったことって無いんだ。一回だけあったけど、それっきり。
あんまり本気で誰か好きになったことなくってね。彼氏とか出来ても重いなって思ってたの。
でも、その、するのは嫌いじゃないから、それなら身体の付き合いだけなら楽だなって。
ずっとそうだったの。勿論彼女がいる人とかとはしないよ?誰でもいいわけじゃないし。
それでね、そんなんでいいかなって思ってたの。本気で恋愛とか面倒そうだなって。
でもね、最近ね、○○君がね、すごい一生懸命告白してくれたじゃん?
その後も、なんかすごい真面目で。
あんなの本当に初めてでね、すごい嬉しいっていうか……とにかくびっくりした。
今まではなんか軽いっていうか、ヘラヘラして近づいてくる人ばっかりだったから。
そんでアタシもアタシで、そんな人と身体だけの関係で楽だったし。
でもね、最近は○○君が気になって仕方なかったんだ。

なんかこんな感覚初めてでよくわからないんだけど、○○君の事考えるとすっごく辛くなるんだ。
すごく一緒にいたいし、喋りたいし、遊びたいし……よくわかんないけど、胸が痛くなるの。
でもね、○○君とするって想像も出来ないっていうか、するのが怖いってすら考えちゃうんだ。
○○君としちゃうと、全部つながっちゃう気がして怖いっていうか。
絶対失いたくないって思っちゃいそうで怖くなる……
……だから付き合うってのも、なんか怖かった。」
先輩はそれだけ淡々と言うと、もう一度頭を深く下げて、
「とにかく裏切るようなことしてゴメン!」と言うと、
「あとこれだけは信じて。もう昨日で最後にするつもりだったの。
ちゃんと、その、そういう人達全員に、もうしないってはっきり言ったし。」

先輩は顔を上げると、無理やり作った悲痛な笑顔で、
「でも……もう駄目だよね?」と弱弱しく尋ねてきた。
俺は、「……すいません。」と答えた。
先輩は、「そう、だよね……」と言うと、ぽろぽろと涙を零し、
「ごめん……ごめんね。」とまた顔を伏せてしまった。
俺は部屋を去り際に、一つだけ気になっていた、とてもしょうもない事を聞いた。
「あのワンピースとかも、○○先輩とかの好みなんですか?」
先輩は嗚咽を漏らしながらも、必死で首を横に振り、
「ち、がう。きみ、のため、だけ。」と切れ切れで答えた。

その後しばらくして、先輩はサークルをやめた。
就職活動を理由に、早目に引退する人も多いので、珍しくもなんともなく、
特に波風を起こさずに消えていった。
それからは、キャンパスで顔を合わすことはあるものの、言葉を交わすこともなく、
またライブなでにOGとして顔を出すも、俺に近づくことなく、そのまま卒業していった。
そんな折、俺はAはおろか、Bともその事について話せるほど、その出来事は
過去のものになっていたのだが、その時聞いた話によると、
実際ヒカル先輩は、アレ以降、一切誰ともセフレという関係を結ばなくなったそうで、
さらには、ワンピースやその他可愛い系の服など一度も見たこともなく、
そしておそらくは俺が○○先輩の部屋を盗み聞きしてしまった日のことだろうが、
事後にヒカル先輩は、全裸でベッドをゴロゴロしながらも、
俺がプレゼントしたと思われるヘアピンを、ずっとニヤニヤしながら手で転がしながら
眺めていたそうで、Bや○○先輩がそれを何かと尋ねると、「宝物。」と嬉しそうに答えていたそうだ。

伝え聞いた話によると、ヒカル先輩は勤め先の同僚と結婚したとのこと。
その相手の感じを聞くと、どことなく俺に似ているらしい。
たまにAやBとも会うが、卒業後も、それぞれが何度かヒカル先輩に半分冗談で迫ったところ、
(絶対本気だったろうが)きっぱり断られたそうだ。
わりと強引にいったBは、軽くビンタまで喰らったらしい。
「好きな人としかしない。」とはっきり言われたこと。
今でも先輩に貰ったピックは持っている。
何度かゴミ箱に捨てては、やはり捨てきれなかった。
遊びでギターを弾くときに、たまに使う。
終わりです。