姉貴の失恋

姉が20歳、俺が19歳の時の話。

当時大学生だった俺は一人暮しをしていたが、同じく大学生の姉貴は女の子と言うことで実家から1時間かけて通学していた。
と言うわけで、俺が大学生になってからは別々に暮らしていた。
まあまあなかの良い二人だったが、姉貴が家に遊びに来ることは母と一緒に一度来て以来全く無く(引越しの手伝い以来)実家でたまに会う程度だった。
もちろん、特別な関係も無くて、俺は普通に女のこと付き合ったりしていたけど、姉貴はすごく清純だったんで、可愛いんだけど恋愛経験は、というか、男と付き合うって言う経験がなかったようだ。
恋愛には消極的だったけど、面倒見が良くて優しくて、すげーいい姉貴だと思ってた。

女の子らしい姉貴と、野生児みたいだった俺とでは遊び方や話題もあまりあわなかったから、子供の頃から、何となく姉貴に対して姉弟って言う感覚以外の意識をしているようなところがあって、神秘的な存在で、一目置いていたって言うか、子供の頃からなんとなく丁重に扱っていた。
正直にいえば憧れもあったし。
周りにいる女のことは全然違っていたから。
だからといって、大人になるまで、姉貴とやってみたいなんて考えたこともなく、ただ、自分の女の好みが姉貴に近いタイプだって事しか気付いてなかった。

で、そうやって何となく過ごしているうちに俺も姉貴も受験したり、大学生活、俺の1人暮しがスタートしてて、俺も何人か女の子と付き合って、その時に至るわけだが・・・。
別々に暮らしてからはもちろんだけど、その前から、姉貴にはつかみ所のない所があって、控えめで自分のことをあまり話さない人だったんで、恋愛に関する考え方とか男の話なんて聞いたことがなかった。
だから、姉貴が大学生になって、どんな変化が起きていたかなんて、全く気付いてなかった。

今まで知らなかった姉貴の一面を垣間見た日・・・。

離れて暮らしてまだ1年経たない頃だった。
俺が遊んでて遅く帰ってくると、なんか玄関に靴があった。
MIUMIUのサンダルだった。
当時おれも女の子を部屋に入れることは良くあって、合鍵を持ってる子もいたし、「だれだよ~」てかんじで、そんなに驚きもしなかった。
で、部屋の電気はついてなかったけど、玄関で靴脱いでたら、風呂場のほうからなにか聞こえてきたんで、「フロはいってんのかよ・・まーいいか、やる気満万ってことで・・・」ってかんじで半分不愉快ながらもフロ場の戸をガラッとあけてみると・・・。

フロ場の椅子に座って背中を向けた状態で体を洗っている居る女が、いた。
見慣れない背中だった。
俺が固まってると、同やらすすり泣いているようだった。
一瞬怖くなったきがしたけど、次の瞬間、それが姉貴だということに気付いて更に呆然・・・。

居るはずのない姉貴が、俺んちのフロで泣いてる・・・?
一瞬ぱにくってしまい、「あれ・・・姉貴???」と言ったきり、言葉が出なかった。
なんかよく分からなくて立ち尽してて。
泣いてるし、裸だし、状況が飲みこめないし、・・・って感じだった。
とりあえずとを閉めて、「風呂出たらで良いよ、話は・・・」とか訳わかんないこと言ってた。
一瞬、誰か死んだか?とか、そんなことを思ったりして。

姉貴はもともと、突拍子もないコトする人じゃなかったので、よっぽどの事があったんだろうと思ってびびってた。
その時の状況も飲みこめなかったし、なんで泣いてるんだ?
なんで風呂はいってるんだ?
いきなり・・・
まさかなんかの用事で家に来る途中で襲われた???
いろんな想像がぐるぐる・・・・・・もうそれこそパニック。
落ちつかなかった。なかなか風呂から出てこないし。
その時は姉貴の裸がどーのなんて余裕なくて、情けないほどびびってた。

で、びびってる割には、結構酒飲んで帰ってきてたんでちょっと意識もうろうとして来たりして、ぼーっとしてたら、かなり時間が経ってから、姉貴が風呂から出てきた。
もともと着てきた服を着て出てきたが、デートとかのお出かけ用だなってすぐわかるような、可愛いワンピースにカーディガンを肩からはおった姿だった。
俺はなんにも言えなくて、
「座る?あー、なんか飲むよね?ウーロンとかオレンジジュースとかあるよ。」
(他の女だったら間違いなく簡単な酒つくって出すんだけど、姉貴にはなんかジュースって気がしてしまう)
姉貴は健気にも笑顔を見せて、
「お風呂上りはお水が良いな・・・ありがとう・・・」
と言葉少なく、やっぱり話しにくそうだった。



それで、とりあえず向き合って座って、話を聞くことにした。
姉貴はあきらかに痩せて、以前のような目の輝きを失っていた。
・・・にもかかわらず、憂いを含んだ女の色気みたいなものがまとわりついていて、むしろ綺麗に見えた。
このとき、不謹慎にも身内でない、よその女と向き合っているような感覚を覚えてしまった・・・。

姉貴は「ごめんね。連絡もしないで勝手に上がりこんで・・・」と言って謝るばかりで、その先をなかなか話さない。
俺が「いいよ・・・なにかあったんだよね?だから、家に来たんだよね?どうした・・・?」って恐る恐る聞いた。

姉貴は、急にどこかが痛いような、険しい表情になって俯いてしまった。
なにも言えなくなって、黙ってればよかったかなとか後悔してたら、姉貴は肩を震わせて泣き出した。

気付くと俺は、姉貴の横に座って肩を抱き、姉貴の体を支えていた。
ごく自然に、ほとんど無意識だったんだけど、いつも女の子にしてやるのと同じように。
女の子は、泣いている時、自分を支えることが出来ないものだ。
誰かに寄りかかりたい・・・そう思ってると思う。
幼い子供みたいにしゃくりあげていて、しゃべるのに十分な息を吸えなかったのだろう。
姉貴はしばらく泣くことに集中しているような感じだった。それで気が済むかもしれないって思ってたのかも。
しばらく背中を撫でて、静かになだめていると、だんだん落ちついてきたようで、ようやく「ごめんね、ごめんね・・・なんかもう、ちゃんと話せなくて」って、話し始めた。
姉貴が自分のハンカチで涙をふこうとしたとき、そのハンカチにマスカラとかファンデが付いているようだったので、タオルを渡した。
(きっと、ここへ来る途中でも泣いていたんだろうな・・・ってわかった。)

姉貴は大学に上がってすぐくらいから、7歳年上の男と付き合っていると言った。

そして、その男は既婚者だって。

どんな風に付き合っているのかを、だいたい聞いて、“ああ、姉貴は都合の良い女としてキープされてるんだ”って思った。
すごく悔しくてやり場のない気持ちが湧き上がってきたけど、悔しいけどよくある話だった。

こういう話がどれだけ闇に葬られてきたことだろう・・・。

姉貴にとって初めての、とても大切な恋愛は、同じく闇に葬られる運命なんだって、このときの俺には分かってたけど、なにも言えずにはなしを聞きつづけてた。
今日はとにかく話を聞いてほしかったんだろうって思ったから。

そしてその日も、会う約束をしていて、久しぶりだったから嬉しくて洋服も小遣いをはたいて新調し、美容院を予約して、その男のために早くからまっていたそうだ。
だけど、予定の時間より2時間近くたっても男は来なくて、携帯も直留守で、連絡がつかなかったらしい。

で、だいぶ経って諦めかけた頃に、「接待が入るから、今日はムリだ」ってあっけなくキャンセルされたらしい。

最初は男のほうが姉貴を気に入って猛アタックしてきてたのに、暫くしたら(おそらくH出来るようになってからだと俺は予測した)急に冷たくなったらしい。
ホントよくある話だ。悲しいくらい・・・。

悲しいことがある度に、落ちこんで家へ帰って行ったが、そんな姉貴を見るたびに両親がいろいろと心配して「何があったんだ?」って聞いてくるから、いつも家へ帰るのも辛かったし、家では思い切り泣けないって言ってた。
不倫だから、友達にも相談できなかったって。
それで、今日は俺の家の合鍵を一応持って出掛けた・・・って。
そこまで聞くうちに、なんだかこっちまで悲しくて悔しくて、涙が出そうになってしまっていた。
姉貴の痛みが、自分の痛みのような気がしてきて、辛かった。

話しているうちに、どんどん姉貴の様子が変わってくるのがわかった。

「もう、毎日淋しくて仕方がなくて、淋しいって思うこと自体に疲れて、嫌気が差して、愛してもらえない自分をどんどん責めてぜんぜん自信が持てなくなった・・・。誰でもいいから、抱きしめてくれて、一晩一緒にいてくれる人がいるなら、もう誰でもいいって言う気持ちに苛まされたりしてた・・・。」

そんなことを言い出した。

俺はもちろん、知っている限りの言葉と知識で、そんなの駄目だよって言った。
でも、今思えばそれは、確かにじぶんに自信を失ってしまった女のおろかな姿だけど、そんな思いや誘惑に負けないでいられる人が、いったいどれだけいるんだろうって思う。
少なくともその頃の姉貴と、そして俺も、そんなに賢くも、強くもなかった・・・。
そして、姉貴はその相手に俺を選んだ。

それだけのことだ。